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全国肥料商連合会第55回定時総会特別講演
大泉 一貫(宮城大学 副学長)先生 特別講演


大泉一貫先生

宮城大学 副学長
大泉 一貫先生

大泉 一貫先生 プロフィール
1949年 宮城県生まれ
東京大学大学院修了 農学博士
宮城大学事業構想学部 学部長、研究科長を歴任。現在、宮城大学副学長。
農業経営学、地域経済論、農業政策などを専門とし、地域経済の活性化や農業経営者の成長を通じた農業の発展に取り組む。また、農村地域政策の構築や農政への提言活動を展開している。
過去、食料・農業・農村政策審議会委員、内閣府 経済財政諮問会議 EPA・農業ワーキング委員などを務め、現在は日本地域政策学会の会長を兼務。
著書:『大衆消費社会の食料・農業・農村改革』(東北大学出版会)、『個の時代の村と農』(農林統計協会)他




「成長産業としての農業と農政」

講演時に配られた資料はこちらをクリックしてダウンロードして下さい。
T.成長産業としての農業
農業構造改革を考える際の幾つかの誤解〜常識への挑戦〜

 農業は成長産業なのだが、実際には65歳以上の人たちが6〜7割を占め、販売額も落ち込み、何が成長産業なんだ、むしろ農業界は非常に厳しいという見方が我が国の常識である。
 農業に限らず一次産業は衰退するものだ、零細企業は規模は大きくはならないんだ、さらに家族経営は経済の弱者なんだ、というような「3つの呪縛」が日本農業にとりついている。
 負けるのが当然、弱くなるのが当然という意識・常識がつくられている、実は私も農業経済学を勉強し始めた時は、農業は貧困で、地主小作問題などの社会問題が集積していて、それらを解決する事が農業経済学の基本であると教わり、これが客観的な事実なんだという認識をずっと持っていた。

農業は衰退産業か

 世界の1次産業はどうなのか、海外に目をむけると、オランダやデンマーク、スイスやフィンランドやノルウェー等、北欧の国々の一次産業がやけに強く、輸出産業になっている。
 オランダの農業は園芸とデイリー、酪農だけの農業だが、これは世界に対して農産物や農業技術の世界最大の輸出国である。たとえば園芸、一昨日オランダで摘んだ花が、今日はニューヨークのタイムズスクエアに並ぶ、なぜそれができるか、これはロジスティクスができているからである。
 アールスメイヤー(Aalsmeer)という花市場がアムステルダムの郊外にあり、周辺には家族経営で園芸をやっている農家が結構いる。彼らは世界へ自分たちの花を輸出している、フランクフルト、パリ、ラッセル、ニューヨーク等へ輸出する市場を設けている。
 アールスメイヤーの周辺にはIT企業のビルがある。なぜなのか、それはオランダの農業はすべてIT化されているからである。温度管理からCO2管理、作業管理、出荷管理、液肥管理、こういったものがすべてコンピューターによって管理されている。
 さらにアールスメイヤーは、普通のせり市場と異なり、誰がいくらでせり落としたという札のような物がついた花がベルトコンベアーを静かに回ってバックヤードにいく。
 海外に出荷する場合には待っていたトラックが直に、近くのスポール空港へ運び、ニューヨークへ飛ぶ。だから一昨日採ったものが、タイムズスクエアで今日買える事になる。
 つまり情報産業化した農業、ITと結合した農業になる。すべてのシステムがIT化し、情報産業化したシステム農業となっている。

社会の発展、産業の発展は、常に素材からどんどん発展して身近なものに変わっていく。

 たとえば1960年代の重化学工業、鉄鉱、造船業が、加工製造業の自動車とか家電に変わってくる。どうして変わるのか? 加工型、組み立て型の製造業は重化学工業に付加価値が付きどんどん変わって来る。商売はどれだけ付加価値をつけるかということが重要である。
 どうして加工型のほうが付加価値がつくのか。たとえばトヨタの場合、自動車をつくっているが、究極は自動車を造っている訳ではない。それは人を場所から場所へ安全に運び届ける仕組みを造っている会社なのである。ある意味、ロボットを造っている会社、ロボットは、なんらかのノウハウ、知識がないと造れない、つまりトヨタが単なる物を溶接して何か造っている会社だったら成長はなかった。それに付加価値をつけ、IT化し、知識産業化していったから成功した。
 これは脱工業化社会と言われているが、ダニエル・ベル(Daniel Bell)やドラッカー(Drucker)などがよく主張している。工業化社会から知識社会へ変わってくるという事。
 人間の社会はいかに知識を付加するかが大事か、ということを言っている訳で、農業もいかに知識化するか、付加価値をつけるか、どのようにして脱一次産業化するかが、非常に大事である。
 素材を作るだけの農業ではないというのがオランダやデンマークの特徴である。特にデンマークは食品産業と食品加工業と融合化した農業となっている。ダーニッシュ・クラウン(Danish Crown)という豚肉の輸出会社は、輸出会社であり農業協同組合でもある。つまり、デンマークは食品メーカーと一体化することによって農業が脱一次産業化している。
 それからスイス、フィンランド、ノルウェーは、政策的に思想が違っており、農業に対し財政負担もしてはいるが、家畜はライブストックであるという考え方である。ライブストックは食料備蓄だから家畜がいて緑の放牧地がある事、これが食料安保という考え方がベースにある。さらにその事が観光とマッチングする、一頭の羊がいて、乳を搾ってチーズをつくり、観光客に高く売る。付加価値をつけて売ることがその地域の産業として成り立つという考え方。だからスイスの農産物は非常に高い、卵でもチーズでも非常に高い。
しかしそれは観光と融合することによって脱一次産業化しているわけである。
 つまり、一次産業は新たなビジネスモデルをつくる必要があり、そのビジネスモデルを作る時に重要なのは脱一次産業化、或いは他の産業との融合産業化という事である。
 私はこれを2000年代に入ってずいぶんいろいろな所で主張して「業態としての地域農業」という言い方をしてきましたが、2003年に農商工連携という言い方をしている。これについては2005年に農文協から「地域に生きる―農商工連携で未来を拓く」という本を出しました。今では農商工連携という表現になっているが、それまで中小企業というのは協同組合方式でやってきたが、そうではなくて連携方式でやってみたいという話などいろいろあり、商工会議所と農業界がドッキングするということで農商工となった。この農商工連携というビジネスモデルは、いわば農業の独自産業化でもある。

農業成長県はどういう県か

 農業が本当に成長するのか、実際にどういう県が成長しているか?
 農業産出額、土地生産性、労働生産性という3つの数字から、農業地帯はどういう県か調査しました。3項目の何れでもベスト10に入っている県は、茨城、千葉、鹿児島、宮崎、愛知の5県だけで、一般的に日本の農業地帯と言われる米地帯ではない。どうしてこう言った所が農業地帯なのかというと、茨城、千葉、愛知は大消費地が近くにあるという事。しかし私がここで言いたいのは、市場を考えない農業というのはあり得ないということ。どこに売るのか明確でなかったり、市場ニーズがわからないでは、需給調整すらできない、逆にお客さんのニーズがわかれば商売が成り立つ、客の声を聞くということがいかに大事か、要するに市場が何を求めているかということである。
 それから2つ目は、愛知県がどうしてこんなに農業県になっているのかということ。
 愛知県の豊田周辺から岡崎、豊橋、愛知南あたりまで出荷体型、ロジスティックをきっちりつくった。それは農家だけでつくっているという事。
 何を言いたいかというと、そこの営農指導員は、兼業しながらトヨタに勤めている。そして、ほかの産業のノウハウを農業に取り入れて農業を発達させて行くパターンができている。他の産業のやり方が取り入れられないかという好奇心や疑問が、ほとんどの農協にはない。企業は財界だから敵だという話になる。そうじゃない、日本人のものづくりの知恵、あるいはそのイマジネーション力は日本人の特技だと思う。それを最大限に生かすような仕組みが必要なのである。
 好奇心からお互いのノウハウが融合していくチャンスがある。今、私は農商工連携だとか融合産業化とかいろいろやっているが、ここはあそこと、あそこはここでマッチングしよう等ということを行政がお膳立てするのでは、なかなか融合産業化しない。普段から話し合う場が日本社会では必要だということである。
 それから鹿児島、宮崎がなぜ強いのか、ひとえに生産性である。北海道も同様だが、どちらも畜産地帯、畜産の生産性は、ヨーロッパと比べても劣らないくらい合理化された産業となっている。米は構造改革が出来ていない為、生産性が悪い。しかし畜産は競争力ある産業なので鹿児島、宮崎はトップクラスに来ているということである。
 つまり、脱一次産業化、融合産業化で、生産性向上に配慮した農業のビジネスモデルを構築する必要があるということである。


U.我が国の農政の課題のとらえ方
農政の目標とすべきは何か

 成長産業としての農業を農政はどのように支援できるかということがわが国の農政の課題だが、食料自給率の向上を第一の課題にしている。しかし食料自給率を目標にして、農業は成長産業化するかといったら、これは農業の成長に資するための施策としては適切ではない。
 農政の課題として大事なのは販売額や生産性がどの程度上がるかということが一番の課題である。もちろん、資源として農地がどの位あるのか、労働人口がどの位あるのかという、要するにバランスシート、資産がどの位あって、貸借対照表でいえばどの位、儲けがでて、その人の生産性はどのくらいかということ。財務諸表にでてくるようなことを、農政は課題とすべきだというのが私の考え方である。

農政の経営者育成政策への転換

 実際に農業産出額は1990〜2005年までの15年間で3兆円が自然減少した。自然減少というのは構造改革の遅れによって11兆5000億円が8兆5000億円に減少している。これは単純、米価が下落していることが一番大きい。
 農協にとり、米価が下落しているから農業産出額が減った、だから米価を維持しなくてはいけないとなる。なぜこうなったか、1970年代のわが国の農政は稲作地帯のカット、どの県でも稲単作からの脱却だった。稲単作から脱却して複合作物を入れて、それで所得を確保するという事だった。それがある時期からどういう訳か、米価維持政策農協運動に変わってきた。なぜか、農協が複合作物だとか産地づくり、地域振興計画だとかに挫折していった時期がある。挫折した農業経営者の育成とか、産地育成の営農指導員を絞り込まなくてはいけない。人件費をあそこに入れておくのは無駄だ、しかし販売事業としたら農業産出額は確保しなくてはいけない。そこで何とか米価で、という話になってきた。
 だから農協が米価運動だけを強烈にいうようになっていくのは、そうした農協の体質が産地づくり、農産物販売額を向上させて行くという事に挫折していく過程のなかででてきた話なのである。
 もちろん、いい農協もある。同時にその頃に農業産出額を増加させる為にはやはり複合作物を入れて産地作りをやって経営者を育成しなくてはいけないという農政がでてきた。  それは1992年「新しい食料・農業・農村政策の基本方向」という農政がスタートする訳で、これはそれまで農家は単なる生産者だった。生産者だから耕作するだけで良い、あなたの農地に販売所、加工場を作ったらそれは農業じゃないから転用許可が必要という事だった。そういうものではなく、やはり販売も考えた経営者として農家を育てていかなくてはいけないという発想である。その為に「経営基盤強化促進法」というのがでてくる事になった。
 日本の農政は、農業経営者育成政策というのがなかった、戦前からなかった。それを経営者対策をやろうというのだから、すさまじい農政の転換だった。
 経営政策といっても、誰を経営政策の対象にするかという手掛かりがなかったから、認定農業者制度や法人化を進めようということになった。法人協会をつくろうと。しかしここはもう一つ市場原理を入れないとお客さんが解らないのでは、ということで米政策に市場原理を入れると同時進行した。それで1995年に食管法を廃止して新食糧法が公布された。
「農業基本法はなぜ死んでしまったか」要するに構造改革をしてオランダ型、デンマーク型の農業構造にしなくてはいけない発想は、1961年の農業基本法の頃からあったけど、なかなか日本ではうまく行かなかった。最後のチャンスはこの92年の新しい「食料・農業・農村政策の基本方向」だった、これもうまくはいかなかった。それで2007年には緊急三対策があり、さらに余力を失って、という話になってきたが、そういう意味からすれば日本の農業は事業者、経営者を育てていけば、まだまだ国際戦略、成長勢力は落ちないと考えている。

経営者育成への数的目標を考えれば

 経営者育成はどう考えるかという事は「食料・農業・農村基本計画」が2005年に作られた。
 これは2015年には、2003年の産出量を維持、または右肩上がりという計画を立てた。2003年の日本農業の産出額は8兆5650万円。同時に出された「農業構造の展望」では生産額の8割を42万の経営体が担うという計画、2015年には1経営およそ1631万円の産出額が必要となる。端数を丸めてしまうと1経営2000万円販売額の農家を40万つくる必要がある。
40万の農家に売上高を2000万円まで伸ばして貰わなくてはいけないという話になる。
 実際に販売農家の販売額はどうなっているか、累積だが、700万円以上売り上げている農家が20万戸、1000万円以上売り上げている農家は14万戸、差引き6万戸は700万〜1000万の間という意味。1500万円以上が8万4000戸、2千万円以上は5万7000戸しかない。スローガンとしていえば、2000万円販売額が40万戸必要なのに現実には5万7000戸しかない。これを7〜8倍にしなくてはいけないという話である。そうしないと産出額は自然減になっていくわけである。 更に品目別に見ると、42万経営の中で水田作農家は10万戸必要だといわれているが、ここで規模別に販売額を見てみると農産物販売額の10〜15haの所で1558万9000円。これが何戸あるかという事になるが、世界農林業センサスでは10ha以上としか書いてない。だから統計2つを一緒に見なくてはいけないが、1500万円以上の売り上げが10ha以上だとそれは0.7と書いてある、7000戸しかないという事になる。10万戸必要となる。8〜10万戸必要となり、計画では、これの10倍にしなくてはいけない話になる。
 つまり今の農業経営者、農家を10倍にする計画が必要となる。それくらい危機的な意識をもって農業経営者を育成しないと、日本農業は海外にでることすらできない。しかも日本の今の農業生産額を維持することもできないという状況になっているわけで、65歳以上が65%という担い手構造の中でできるのかという事になる。

民主党の戸別所得補償制度について 総会の様子

 今、必要なのは、戸別所得補償が、その10ha以上の農家層の規模拡大を加速する状況をつくれるかという事だが、大規模水田複合経営というのは実は30〜40haくらいで1億円くらいの販売額がある。そういうモデルとなるような農業経営というのは全国各地に存在しており、大規模水田複合経営を各地で増やせば日本農業の水田の競争力はついてくる。
 つまり1ha未満は水田作による所得はマイナス6万4000円、自分で農業をやっている人は全体には赤字、それを補填しようというのが今の民主党政策、それを全部人に貸したら逆に6万4000円収入になる。プラスになる。それが全国で47万5000haある。47万5000haの地代を換算すると、少し高い地代かもしれないが、これに1万5000円掛けると七百何十億円の地代になる。その地代をこの人たちに負担してやればセーフティネットとしての直接支払いなんていうのは小規模農家に出さなくていい。
 それなら七百何十億円の地代を誰が負担するのか、10ha以上の層の人たちのB水田畑作地を地代収入にした場合というところの一番下のところに、10ha以上の人たちは168万円の地代負担率がある。15〜20haの人たちは246万円の地代負担率がある。20ha以上の人たちは433万円の地代負担率がある。それなら七百何十億円をたとえば246万円で割ってやると、実は3万〜4万くらいの経営でいいはず。つまり農水省の目標では、7千戸の大規模農家を1万戸とか10万戸とか10倍にする政策をやらないといけないが、面積の小さい農家の地代を負担してあげるような大規模農家をつくれば、3〜4万戸の大規模経営でOKとなり、それは経済的にペイするし、その分財政も浮く事になる。
 農村で大規模農家が零細農家の面倒を見てやる構造をつくれば、農村で相互にいいい意味での構造ができる。しかも農地を預けたからといって農業からリタイヤするわけではない。むしろ大規模農家ができることによって新たなビジネスをつくる、大規模農家にインセンティブを与えることができる。
 これは融合産業化した農業をつくれるような大規農家があちこちにでて来るということになる。大規模農家のイメージは、30haの土地があってそれを3等分すると15ha、7ha、7haぐらいで、農地の7haをレタス、7haをスイートコーン、それから15haを水田というふうにする。
 なぜ水田をつくるかというとこれはローテーションでやって、レタスをつくったり、スイートコーンつくったりするとそこで肥料を使ったりするので、水を張ってクリーニングクロップとする。だから水稲の生産性はそんなに考えなくていい。15haの販売額が大体2500万ぐらい。ところが7haくらいのスイートコーンだとかレタスはだいだい3000万円弱くらい。
 そうすると全体の販売額は8500万円くらい。これが32haくらいだと9000万円くらいになって、35haくらいだと億の金になってくる。1億円の販売額の経営が35〜40ha位でできてしまう。その人たちは地代負担料を持っているから土地を預けた農家に対して地代を負担してやる。そうすると直接支払い制度とかは必要なくなる。
 経営というのはリスクがありるからその分を大規模農家の経営を成長させるとか、またもっと多くの人たちに農業経営者になってもらうとか、そういうことに財政負担をすることによって、日本の農業は成長産業に変えることができる。と考える。

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